08. 怪雨
Side-B




『……皆、死んだんだ」
 少年は呆然と呟いた。


 その手の中には、保護された当時に身に着けていた首飾りがある。
 治療の邪魔になるからと取り外されていたのだが、
少年の意識がはっきりしたということで返された。


 体内からはウィルスに感染した形跡は見つからず、
隔離の必要も無くなった――と彼らから聞いた。
 とはいえ、未だその治療中にも失われた体力は戻っていない。
 ベッドからまだ起き上がる事も出来ないまま、
少年は自分を保護した人々を見上げる。


「俺が、俺が儀式を行えなかったから」
 その言葉が、スタッフの一人によって翻訳される。
 自分の言葉が分かるということは、
自分達と交流のあった他の部族の一員、という事か。
『儀式?』
 問い返したのはナース姿の女性だった。
 医療ボランティアに参加している異国の看護師だそうだ。





 彼女達は元々、ある感染症対策の為に
ケニアへとやってきた。
 発症者の隔離治療を進めると同時に、
ウィルス感染疑惑のある人々も隔離する為に、
感染地域の調査も進めていたのだ。
 その際、感染疑惑のある密猟団の存在が浮かび上がったのだが、
その行動範囲に彼らの部族の村が入っていた。


 警告と万が一を考えて調査に踏み込んだ時点で
村にはウィルスは蔓延していた。
 直ぐに村人達はまとめて保護され、治療が開始されたのだが
――全ては遅すぎた。





 少年は女性に向き直り、告げる。
「村の皆の身代わりになるための、儀式」


 精霊使いと言えば、聞こえは良い。
 だがその実情は、村の為の人柱候補でしかない。
 彼の一族はその人柱を作り出すための家系であり。
 少年は人柱と為る為に修行を重ねてきた。


 女性は少年の言葉に絶句しているようだった。
 少年にはその理由が分からないし、
そんなことはどうでもいい。
 だから自分の感情の侭に問い掛ける。


「なんで……なんで止めたの?」
 言ってももう取り返しがつかない事は分かってる。
 それでも通訳や女性を睨みつけるのは止められない。
「俺はその為に今日まで生きてきたんだ!」


 僅かに沈黙があった。
 女性は少年から目を離さず、見つめ返す。


『それでも、君には生きて欲しいから』
 通訳を通して聞いた女性の言葉に、
少年は目を見開いた。


『初めて見た時、君の事を絶対に助けなきゃいけないと思った。
 君が何を思っても、どんな生き方を背負ってきたとしても。
 私は君を助けた事を、間違ってるなんて思わない』


 静かな口調で、一抹の迷いすら見せずに
はっきりと言い切る。
 少年は自分の瞳に力を籠めた。
 そうでなければ、
女性の眼力に、信念に押し負けてしまいそうだと思った。


 言葉も無く見つめ合ううちに、
奇妙な感覚が過った。




――自分は、いつか、こうして彼女と見つめ合った事がある――




 其れは刹那の幻影。
 次の瞬間には彼の脳裏から忘れ去ってしまいはしたが。
 絶望と怒りの中に紛れ込んだ違和感は、
この後、女性に心を開くための布石となった。





 女性は少年の治療が終わって間も無く、
国連のボランティアを辞し、
此の地に残ることを選んだ。


 少年は入院中に外の世界を知り、
其の侭、故郷に戻らず、
都市で暮らし始めた――。




19'/06/20 UP





     



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